HPリニューアル記念作品



夏休み。
セミの声が鳴り響き、雲ひとつ無い青空はアスファルトに陽炎を昇らせる。昨夜は雨が降ったのか、通りの庭で朝露に濡れた向日葵が元気に整列しています。
普段は比較的静かなこの住宅街も、この季節だけは学校に居ない子供達で大賑わい。
そこかしこの家の中から笑い声が響き、洗濯機の音が大合唱。打ち水をするおばあさんと麦わら帽子を被ったお嫁さんが談笑する横を、野球帽の子供が虫取り網持って走り出します。
かと思えばゲーム機抱えた子供達がじゃんけんで誰の家行くか相談していたり。
都会のようで田舎のような、そんな優しい空気の流れる風景の中、一人の少女がなだらかな坂をスキップしていました。
オレンジ色の袖なしワンピースをはためかせ、その足取りは軽く、そして楽しそう。
すれ違ったおばさんに元気に挨拶しながら弾むように駆けていくその姿に、思わず微笑んで見送っていくご近所さん。
どうやらお馴染みの光景のようです。

彼女が目指すは二階建ての一軒屋。毎朝ぴったり10時5分にその声は鳴り響きます。

「しかのすけー!あーそーぼっ!!」

石動 千絵 5歳。ご近所で評判のワンパク坊主(?)は今日も元気です!




「ちえちゃんとしかのすけ」 プロローグ

書いた人:うめもも みがさ




「・・・おはよう、千絵ちゃん・・・」
しかのすけ(前島 鹿之助・4歳)は、眠い目をこすりつつそう告げました。
この家にはインターホンと言う便利な物があるのですが、この少女に鳴らされた記憶はありません。
なぜなら、彼女が登場するのはリビングに直結した庭先、その窓越しに声をかけてくるからです。
あらあら、と鹿之助ママは微笑みます。
いつもの光景なのでもう動じておりません。鹿之助パパも新聞越しに目じりが下がっており、妹のゆうこちゃんは・・・こちらはまだ寝ているようですね(汗)。
昨日は夜に怖い映画を見てしまい、なかなか寝付けなかったので寝不足気味。
さっき起きたばかりなのでパジャマ姿のしかのすけは、思わず元気の無い挨拶をしてしまいました。
後悔先に立たず。すぐさまちえちゃんのお説教が始まります。
曰く、「あいさつはきちんとしないとダメでしょう!」やら「それでもおとこのこなの!」に始まり、はては「わたしのこと、きらいなんだ・・・」まで。
毎回思うのですが、彼女はなんでこんなに元気なんだろう、としかのすけは思っています。
まぁ、たぶん朝ごはんいっぱい食べてるんだろうなぁ、ぐらいの感想で止まるのが彼なのですがね。
とりあえず経験から、「ごめんねちえちゃん、ちょっとねむかったんだ。
ぼくはちえちゃんのこと、大好きだよ」と言っておきます。
別に嘘は言ってないのですが、やっぱり好きというのは恥ずかしい。
家族にも滅多に言わない言葉なのですが、でもちえちゃんはこの言葉を強要するのです(しかのすけ主観)。
前にも同じような事があった時、その際も彼女は「わたしのこと、きらいなんでしょ!」とか言ってきました。
思わず口ごもってしまった結果、彼女はひどく怒った挙句「しかのすけなんかだいきらいっ!」と泣きながら平手打ちを残して彼女の家に篭ってしまいました。
そのくせ、おやつの時間にはなにげなく我が家のテーブルに座っており、大好物のハッピーターンを貪りつつすごい目で見てくるのです。
これには堪えました。その時は非常に理不尽な何かを感じえなくも無かったのですが、とりあえず謝ったのはお約束。
以来彼女には毎朝笑顔で「好きだよ」と言う形が続いております。
おんなのこには逆らっちゃ駄目、彼は4歳にして何かを達観しているのでした。

さて、ちえちゃんが遊びに来てくれたのですが、しかのすけは朝ごはんを食べるどころか、まだ着替えても居ません。
どうしようか、と思った彼を救ったのは鹿之助ママ。
母親はこういう時には頼りになります。
「千絵ちゃん、待ってるのも暇でしょう。
良かったら朝ごはん一緒に食べてく?」
予想外のコメントでした。
「はい、おばさま。よろこんで!」
・・・なんですと?
しかのすけは知っています。
ちえちゃんの家は家族揃って早起きなので、遅くても8時には朝ごはんを食べ終わっているはずです。
さすがのしかのすけもこれには疑問を挟まざるを得ませんでした。
「だって、しかのすけといっしょにたべたかったんだもん・・・」
ちょっと照れる・・・なんて事も無く、しかのすけは騙されませんでした。
気づいてしまったのです、彼女の視線は食卓のミートボ−ルから一ミリも動いて無い事を。
以前ハイキングに行ったとき、しかのすけのお弁当箱から略奪されて以来、彼と彼女のミートボール戦争は続いているのでした。
「・・・ミートボール(ぼそっ)」
「な、なんのことかしら!?わたしはいまはしってきたから、ちょっとおなかすいちゃっただけだもん!」
「・・・あげないよ?」
「・・・ふ、ふんっ!そういっていられるのもいまのうちだからねっ!」
案の定でした。
ご飯は?との鹿之助ママの声にはしおらしく「あの、おかずだけでけっこうですので」なんて言ってるちえちゃん。負けてられません。
「おかあさん、いただきますのあいず、してくれる?」
ぼくは男の子なのです。うちてしやまん、です。意味はよくわからないけれど。
面白そうにこちらを見る鹿之助パパと微笑みあった後、鹿之助ママはおごそかにいいました。
「どちらさまもよござんすね!では、勝負!」
うちのおかあさんは時代劇好きなのです。唐突ですが。あ、水戸黄門はぼくも好きです。蛇足ですが。
ぼくは真っ先にミートボール(全15個。今気づいたけど、父さんと母さんの分はすでに小皿に分けられてました。何時の間に・・・)に箸を伸ばします。
えっと・・・8!8個目を取った物が勝ちなのです。ぼくはこれでも数を数えるのが得意なのです。
とりゃぁ!

ちえちゃんの目が光ったような気がしました。

・・・3個しか食べられませんでした。

・・・泣かないよ、男の子ですから。



朝ごはんの事はもう忘れます。こんな事を気にしてたら一日は始まらないのです。
とりあえずぼくは着替えをするために部屋に戻ります、さりげなく。
がしっ。気づいたら後ろ襟首を掴まれてしまいました。
嫌な予感がします。
「ねぇしかのすけ、きょうはどんなふくをきるの?」
「どんなって・・・、ふつうのふくだよ」
「あのさぁ、すごくいいアイデアがあるんだけど・・・」
彼女が横文字を使うとき、ろくな事が起こらないのは経験済みですのでぼくも必死です。
「ふーん・・・。それじゃぁこんどきかせてね。とりあえずきがえてく・・・」
「いまきかせてあげる!あのね、あのね、わたしのふくもってきたんだ!ちょっときてみてよ!おそろいのふくなんだよ、えへへ!」
何処に持ってたんでしょう、いつのまにか彼女お気に入りの肩掛けポーチから、一着のワンピースを取り出しておりました。
ちなみにこのひよこ柄ポーチ、確か去年のお祭りでぼくが取りました。すぐさま奪われましたけど。
「まえからおもってたんだけど、しかのすけはおんなのこのふく、にあうとおもうよ!だからきてみてよ!ねぇねぇ〜!」
恐れていた事が現実になりました。
しかのすけはご近所でも評判の可愛い子供ですので、よく女の子と間違えられていたのでした。
お年頃なしかのすけはもちろん嫌だったのですが、妹のゆうこちゃんが生まれるまではよく女の子の格好をさせられていたので何も言えないのです。
でもそれは昔の話。最近知り合ったちえちゃんは知らないはず・・・。
「きのううちにとなりのおばさんがきてたんだけど、そのときにきいたのっ!しかのすけってむかしはスカートはいてたんだって?なんでおしえてくれなかったのよっ!」
キラキラした目に見つめられます。
ああ、わかります。
彼女には悪気は一ミリもありません。
例え男だろうが、可愛い格好をする事に何のひっかかりも無いのでしょう。
ぼくは恨みました。もちろんちえちゃんでも運命でも神様でもありません。となりのおばさんをです。
ちえちゃんにだけはいわないでって言っておいたのに・・・。
心の中でさめざめと泣くしかのすけ。
でもおばさんの名誉の為に言っておくと、千絵ちゃんママとおばさんの会話を盗み聞きしていたから判明した事実なのです。
まぁだからと言ってしかのすけは救われもしませんが。
「さぁさぁ、はやくきがえましょう!」
「しくしく・・・」
バタン。しかのすけの部屋の扉が閉まりました。

ここから先は二人だけの秘密、と言う事で。
階下から泣き声、ゆうこちゃんも起きたようです。
何時もよりちょっと遅い一日はこれから始まりますが、今日の所はこの辺で。

ちえちゃんとしかのすけ プロローグ おしまいっ!


おまけ:
えにっきちょう いするぎ ちえ
8がつ4にち きょうはしかのすけにいろんなふくをきせてあそびました。
わたしとおなじふくをきさせてかがみのまえにたったとき、まるでいもうとがひとりふえたようでとてもうれしかったです。
でもしかのすけはあまりうれしそうじゃありませんでした。
だからおもわずぶっちゃった。ごめんね、しかのすけ。
でもしかのすけだってわるいんだよ、せっかくかわいくしてあげたのにっ!
あとしかのすけのママがうれしそうにいろんなふくをもってきてくれたので、いろんなしかのすけがみれてよかったです。
でもなんでぴったりサイズのふくがあったんだろう。・・・ま、いっか。
あしたはわたしがしかのすけのふくをきてみようかとおもいます。
でもそれってあまりおもしろくないかな?とりあえずそんないちにちでした。



続く?


あとがき
実験的な文体で書いてみました。どうでせうか。
こんなの千絵姉じゃないっ!と言う意見には「パラレルワールドです」と言う魔法の言葉を贈ります。
一応プロローグと銘打ってみました。反響があれば続きはそのうち。
私の頭の中でちえちゃんが走り回ってるので、物語自体はいくらでも生み出せそうです(笑)。

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